母の入院

タオル、バスタオル、スリッパ、歯ブラシ、コップ、それと・・・・・・。100円ショップでリストアップされた項目をひとつひとつつぶして袋一杯に。
家に帰って、今度はパジャマ、下着、オムツなどを別の袋に入れ、それを自転車のカゴに無理矢理押し込んだ。
気分はちょっと重いが病院へ向かった。

病室へ入ると母がベッドの手すりにつかまってなにかよちよちと不思議な動きの歩き方をしている。でも起き上がっている、元気になったのか?
「何をしているの?」と聞くと、掃除をしているのだと言う。
ごみなどない綺麗な病室の床を見回し、カーテンを少したぐり寄せては点検。
認知症が一気に悪化してしまったのだろうか。

ナースステーションで母の状態を聞いてみた。
環境が変わったとき認知症が進んでしまうことがあると担当の看護師さんが説明してくれた。
昨日までは、なんでこんなになってしまったのだろうと自分の情けなさを嘆いていた母が、今日はわけがわからなくなってしまっている。

ベッドに座らせて少し落ち着かせてみたが、どことなくぼーっとしている。
「私が誰だかわかる?」
少し考えていたが答えがない。目はうつろで表情が死んだように頼りない。
もう一度、そしてもう一度、同じことを聞いてみた。
やっと私と分かったのか、わたしの名前が母の口から出た。
急になにか悲しくなって、涙が出そうになった。

まだ熱があって、点滴中に嫌がって針を抜いてしまうのだと、病室に入ってきた看護師さんが説明してくれた。
「点滴をきちんとやらないと良くならないよ」と私が言うと、「わかった」と素直に返事をする。

受付で入院保証書を提出して病室に戻った。窓の外を見つめてまだぼーっとしている。
「じゃ、そろそろ帰ってもいい」と言うと、「どっちでもいいよ」とそっけない。

しばらく無言のあと、「それじゃ帰るからね」と、ほんとうに帰ろうとすると、「私をひとりおいていくの」と言い出した。
また明日来るからとなだめると、今度はベッドに寝かせてくれと言い出す。
熱で節々が痛いのか、ちょっと動かすだけで「痛い痛い」を連発する。大げさに言っているのではないかとさえ思えてくる。

やっとのことでベッドに横になった。だが、気分が良くないのか不平の言葉を口にしている。
氷枕をきちんと頭の下に入れ、電動スイッチを調節して頭を上げたり、足の部分をあげたりしていろいろやってみたがまだ不満があるらしい。
いったん平らに戻して頭の部分を少し上げたらやっとOKが出た。

夜勤の看護師さんが入ってきて、熱と血圧を測りだした。
「可愛い看護婦さんね」と愛想がいい。
まだ熱が高いと、その可愛い看護婦さんがつぶやいて、てきぱきと器具を片づけて病室を出て行った。

気分が良くなって気持も落ち着いたのか、ぼーっとした雰囲気は消え言葉もはっきりしてきた。
しばらく話をして、帰ることを告げると今度は快く承諾してくれた。

病院の玄関から出ると外はもう真っ暗。寂しさがひとりでに沸き上がってきた。なぜか、涙が出てきた。
あんなにしっかり者だったひとが、今日はまるで別人のようだった。

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