先月から読み始めた「カラマーゾフの兄弟」の第一巻をやっと読み終えた。
以前、「でも、なんとなく、近いうちに読んでいる自分が想像できる」と書いたが、その通り買ってしまったというわけ。
第一巻を読み終えるまでにだいぶ時間がかかったが、翻訳も評判通り読みやすいし、なんかへんちくりんな序文を通りすぎると次第に面白くなってきた。
普通だったら第一巻を読み終える前に第二巻を買っておくべきだが、まだ第二巻は手元にない。
第一巻の定価は760円、第二巻は820円、第三巻880円、第4巻1,080円、第五巻エピローグ別巻660円と、最終巻を除いて尻上がりに値段が上がってゆく。
最後まで読むといったいいくらになる?
・・・とは言っても、第二巻を買うのは時間の問題だろうな。ここで読むのをやめられるわけがない。
主人公アレクセイ(アリョーシャ)はロシア正教会の修道僧の設定だが、第一巻の付録として書かれている読書ガイドでは、ドストエフスキー自身はカトリック嫌いだったと書かれている。しかもイエズス会に対する嫌悪は、並々ならぬものがあったとか。
それだけ、カトリックとロシア正教との間には深い溝があったということなのかもしれない。
その点、私などはカトリックだろうがプロテスタントだろうが、どちらでも違和感を感じないのはいったいどうしてなんだろう。
キリスト教の歴史に対する無知?
それも少しはあるかも。
Label: 日記
タオル、バスタオル、スリッパ、歯ブラシ、コップ、それと・・・・・・。100円ショップでリストアップされた項目をひとつひとつつぶして袋一杯に。
家に帰って、今度はパジャマ、下着、オムツなどを別の袋に入れ、それを自転車のカゴに無理矢理押し込んだ。
気分はちょっと重いが病院へ向かった。
病室へ入ると母がベッドの手すりにつかまってなにかよちよちと不思議な動きの歩き方をしている。でも起き上がっている、元気になったのか?
「何をしているの?」と聞くと、掃除をしているのだと言う。
ごみなどない綺麗な病室の床を見回し、カーテンを少したぐり寄せては点検。
認知症が一気に悪化してしまったのだろうか。
ナースステーションで母の状態を聞いてみた。
環境が変わったとき認知症が進んでしまうことがあると担当の看護師さんが説明してくれた。
昨日までは、なんでこんなになってしまったのだろうと自分の情けなさを嘆いていた母が、今日はわけがわからなくなってしまっている。
ベッドに座らせて少し落ち着かせてみたが、どことなくぼーっとしている。
「私が誰だかわかる?」
少し考えていたが答えがない。目はうつろで表情が死んだように頼りない。
もう一度、そしてもう一度、同じことを聞いてみた。
やっと私と分かったのか、わたしの名前が母の口から出た。
急になにか悲しくなって、涙が出そうになった。
まだ熱があって、点滴中に嫌がって針を抜いてしまうのだと、病室に入ってきた看護師さんが説明してくれた。
「点滴をきちんとやらないと良くならないよ」と私が言うと、「わかった」と素直に返事をする。
受付で入院保証書を提出して病室に戻った。窓の外を見つめてまだぼーっとしている。
「じゃ、そろそろ帰ってもいい」と言うと、「どっちでもいいよ」とそっけない。
しばらく無言のあと、「それじゃ帰るからね」と、ほんとうに帰ろうとすると、「私をひとりおいていくの」と言い出した。
また明日来るからとなだめると、今度はベッドに寝かせてくれと言い出す。
熱で節々が痛いのか、ちょっと動かすだけで「痛い痛い」を連発する。大げさに言っているのではないかとさえ思えてくる。
やっとのことでベッドに横になった。だが、気分が良くないのか不平の言葉を口にしている。
氷枕をきちんと頭の下に入れ、電動スイッチを調節して頭を上げたり、足の部分をあげたりしていろいろやってみたがまだ不満があるらしい。
いったん平らに戻して頭の部分を少し上げたらやっとOKが出た。
夜勤の看護師さんが入ってきて、熱と血圧を測りだした。
「可愛い看護婦さんね」と愛想がいい。
まだ熱が高いと、その可愛い看護婦さんがつぶやいて、てきぱきと器具を片づけて病室を出て行った。
気分が良くなって気持も落ち着いたのか、ぼーっとした雰囲気は消え言葉もはっきりしてきた。
しばらく話をして、帰ることを告げると今度は快く承諾してくれた。
病院の玄関から出ると外はもう真っ暗。寂しさがひとりでに沸き上がってきた。なぜか、涙が出てきた。
あんなにしっかり者だったひとが、今日はまるで別人のようだった。
「カラマーゾフの兄弟」の新訳が読みやすいと評判になっているので、その本を探して本屋へ。
まず目に入ったのは新潮社版。だが、表紙のデザインが違う。上中下巻の3冊だが、各冊が分厚い。
レジで別の出版社のものはないですかと尋ねると、出版社名はわかりませんかと。
たぶん・・・、光文社。
案内された一角にやっと見つかった。ただし、4巻のみ。他の巻は売れ切れてしまっているので取り寄せになると言う。
しかし、この残っている第4巻もずい分と厚い本だ。1巻から4巻まで読み終える自信が急に萎えてきた。
そんなわけで、注文は保留にして店をあとにした。
ま、時間はあるし、少し考えてからにしよう。
でも、なんとなく、近いうちに読んでいる自分が想像できる。
Label: 日記
行かねばならないと思い続けていたコンタクトレンズの処方に今日やっと行ってきた。場所は柏駅の真ん前のビル。土曜日なので混んでるかなと想像していたが意外とそうでもなかった。
担当者の手際よさにちょっとびっくり。てきぱきと検査を進めてゆく。大きな病院の眼科よりもよほどキビキビしていて気持がいい。
ひと通り検査をしたあと、眼科医の診断となった。
私は円錐角膜と一型糖尿病の疾患をもっているので、そのことをありのままに話したが、先生にはあまり興味がなかったようだ。
角膜に傷があるのでヒアルロン酸の目薬を処方しておきますと先生が言う。どうしてヒアルロン酸なのですかと尋ねてみた。
角膜を保護して丈夫にするので、とくに糖尿病の人には必要とのこと。前回、いつも通院している病院の眼科でもヒアルロン酸の目薬が処方された。いつからヒアルロン酸が角膜保護ということで使われだしたのだろうか。最近なのだろうか。それとも私が気が付かなかっただけ?
ヒアルロン酸と聞いて少し昔のことを思い出した。
10年ちょっと前、中学校増築工事の現場代理人をやっていたとき、私の所属する建設会社が倒産した。そのあとの工事を保証会社の地元建設会社が引き継いだのだが、私もその会社に移籍して工事を続行してくれという。
引継式は市役所の一室。その場で私はA社からB社に移籍した。
工事は無事終了。しかし、私はその会社を辞めてしまった。
何故?
「私の会社は倒産することはない」と言い放った、ある中堅ゼネコンの部長さんの言葉についふらふらと・・・。
話を聞いていると、どうも急ぎの仕事があるらしい。
仕事の内容を尋ねると、工場の建設だと言う。現場所長がいるので手伝ってくれればいいとのことなので、それならばと引き受けた。
数日後現場に行くと、ちょっと様子がおかしい。何日もしないうちに杭打ち重機が入ってくるというのに、新築工場の位置と杭芯の位置を誰も確認していないのだ。
下請けの業者が施工図通りに仕事を勧めてはいたが、元請けのゼネコンの社員が誰も確認していないとはなんということ。
所長は確かにいたけれども、大きな工場群の雑工事に忙しくて新築工事どころではないらしい。
けっこう大きな、最新設備を備えた医薬品工場だ。
設計は日本でも有数の設計事務所。その担当者はオリンピック施設の設計側責任者。厳しさでは有名な人だという。
結局、私がその工事をやることになった。もちろん、ちょっとためらいはあったが、ここまで来たらやるしかない。そんな気持だった。
ヒアルロン酸と塩化リゾチウム。それがその新工場で製造する予定の医薬品。
工事中、その工場の責任者にヒアルロン酸というのはなんですかと聞いたことがある。
いろいろな使い途があって、化粧品の保水剤として入っていると説明してくれた。
それが、まさか目薬の主成分となって自分の目の角膜保護に使われるとはさすがにそのときは想像もしなかった。
天気予報では涼しくなるようなことを言っていたけれども、今日も暑い一日。
でも、そろそろ涼しくなってくるのだろうか。毎日水風呂に入っていたけれど、それももう終わりに近い。
昨日は阿部内閣改造でテレビもラジオも特別番組一色だったが、どうも私には興味がわいてこないので、実感もないし、ピンとこないことばかり。
いっそのこと、民主党にバトンタッチして、自民党は野に下った方が日本のためにはいいと思うのだがね。ず~っと同じ政党が政権を握っているのは良いはずがない。あっちこっちが腐ってきているのに、掃除することも、治すこともできないでいる。
政権政党が変わると、おそらく出てくるだろうね、さまざまな闇のなかだった悪しきものが。
ところで小池百合子前防衛大臣はどうしちゃったんだろう。あんなに張り切ってライス国務長官と仲よくしたり、気の合っていることをアピールしていたのに。そして、急に私は内閣に残りません?
官房長官が去るのだから、おまえも去れ、とでも言われた?
高校時代はテニス部に所属。そして、大学は関西学院大学。そして中退。
ここまでは、私と同じような道をたどったが、そのあとがちょっと違う。
エジプトに渡ってカイロ大学を卒業したらしい。
いっぽう私は、30歳を過ぎて夜間の専門学校へ。ここで2年間建築を勉強したが、あくまで実務を身につけるため。彼女のように、文学部を卒業なんて優雅なことはやっていられなかった。
優雅な転身も、運と才能があったればのことだろうが、私のような総合建設会社で下積みから始めた者にとっては、優雅な転身なんてものはまったく無用のもので場違いそのもの。
でも、かなり過酷な労働でも、国家資格を取ろうと毎年勉強ばかりしていたから、それなりに充実はしていたかな。
勉強の甲斐があって、建築の国家資格をふたつ取ったが、残念ながらふたつともただの紙切れになっている。
一枚の方の合格証の発行者は、郵政民営化で野党党首になったかつての大物政治家。しかもこの人、神主さん。しかし、どうも私には御利益がなかったようだ。
国家資格を取ろうと頑張っている人。くれぐれも私のようにならないよう気を付けて。
そんな心配いらない?・・・かもね。
Label: 日記
